僕はスポーツが出来ない。

僕はスポーツが出来ない。

これは僕の学生時代の友人のよく知るところだ。

そもそもずっと生徒会で、文化祭や体育祭の実行委員そんなばかりやっていた。

劇の会やイベントでも照明をやったり、何かを「創る」事が好きなのは昔から変わらずだけど。

「教員免許を持っていて…」という話をすると、

「体育ですか?」と聞かれるが、僕にあるのはスタミナだけでスポーツ全般的として見ると残念ながら、センスのかけらもありません。

僕の最初の転機は中学3年生。

毎年秋に「強歩大会(*いわゆるマラソン大会、我が校は中学が20km、高校になるとなぜか10km)」があって、過去2年は3学年合わせて後ろから何番目か。小学校から体育が苦手でというか嫌で授業の前になると、頭痛や腹痛が不思議と起こってしまような、まさに典型的な体育嫌い。でも、最後まで体育が何一つ出来ないのが嫌で強歩大会の前1ヶ月、ほぼ毎日、少しづつだが走った。そうしたら、3年の強歩大会では真ん中くらいの順位でフィニッシュ出来た(順位はうろ覚え)。苦手なものでも取り組めば変わる、そんな当たり前の事に気がつかされた。

高校に入って、やはり生徒会がやりたかった僕は強歩大会意外はがんばらなかった。脚は速くならなかったが、当時はポケベルやPHS(懐かしい!)がはやるかどうかの頃。友達との連絡はもっぱら自分の脚で探しまわるか大声で呼ぶか。休みの日にはサッカーをしたり、スタミナだけは維持された。

大学では大学祭の実行委員とイベントの照明、学校が好きだったので暇さえあれば学校にいた。教師になろうと思ったのも学校が好きだったから。なんて安直。

2つ目の転機。

大学4年での教育実習。

僕は中学に行く事に。当時の中学3年に弟がいた事、学園校のため後輩との接点が多かった事もあり、実習生というよりは友達の兄ちゃんが来たという感じ。実習での取り組みは主に3つ。①授業、②担任、③課外活動。この3つ目の課外活動で僕は「陸上部」を担当する事に。僕の頃はたしか同好会だった。担当と言っても顧問の先生のもと、指導の手伝いをするのだが、陸上競技にきちんと取り組むのはこの時が初めて。かつ、短距離でも腕相撲でもそもそも生徒に勝てない。結果論からすればこれが良かったのだが。というわけで生徒と顧問の先生の間を取り持ちつつ、一緒にトレーニングをする仲間?を得、大学卒業後も何年かコーチという形で勉強とトレーニングをさせていただいた。

大学卒業後は実家を手伝いながら、放課後や休日は陸上部のコーチという生活を続けた。真剣に勝負に挑む、生徒達の姿を見ていつしか僕も試合に出るように…2006年には「おんたけスカイレース」の第1回をチラシで見つけ、出場。スカイレースワールドシリーズに含まれていたこともあり、200名くらいの選手に対し、欧米から20名程参戦してたか?なんにせよ、このレースでトレランに魅せられ、勝負をするには世界に出て行くことだと感じる。今思っても最初に出たのがこのレースで良かったと思う。ちなみに第1回は20km強。現在は40km強と今の僕にはちょっと長すぎる距離になっている。

本格的な世界転戦は2009年からだが、僕にとってとレイルランは世界に挑む、そして写真でしか見た事の無いような景色を走ってこの目で確かめる事である。この事は感覚的には分かっていたのだがここ数年でより実感を伴うようになった。

現在、36歳。

僕が主とする10km前後のトレイルラン的にはスピードとか短い距離と言われるカテゴリ。勿論年上の方もいらっしゃるのだが上から数えた方が早い事が多くなって来た。競技者として見た時にこの年齢は間違っても若いとは言えない。トレイルランをはじめたのは27歳(現在9年目、実は結構古株になるのでは?)、その下地を(結果として)作り始めたのは22歳。正直言って、遅い。遅すぎる。勝負をしたいならば、幼少期から色々な体験をさせるべきだ。なぜなら、ある程度成長してからスポーツを本格的に取り組んだとしてもベースとなる運動経験の不足。経験値の少なさからくる対応力の低さ。好奇心旺盛で色々な事に小さい頃から取り組むからこそセンスは磨かれる。そういったものが僕にはことごとく欠けている、なんせ、真面目に取り組み始めたのが20代に入ってから。運動神経も大して良くない僕がどうにかそれなりにやれているのは無いものだらけの自分だという事は知っているから。そもそもの選択肢が少ないのだ。

もし、本格的に何か真剣に取り組ませたいのであれば、小さい頃からたくさんの経験をさせてあげるべきだ。出来れば、色々な場所に行ったり、たくさんの人とふれあうのもいい。スポーツという意味ではそれらがスポーツにより関係したものであるべきだと思うが、絵を眺めたり、音楽を鑑賞させたり、きちんとした場所での食事に連れて行ったり、人としての成長を促すもの、将来のヒントになるものはそこら中にあふれている。僕が選んだのは結果として「走る」事だったけど、「走る」事だけでは僕は何も出来ないし、「走る」事が世の中の全てだとは思わない。

今夏の遠征でもレースを重ねるたびに打ちのめされる思いの日々。世界の成長するスピードについていけず、必死にしがみつこうとしても振り落とされて現実を突きつけられる。じゃあ、ダメな事ばかりか?いやいや、そんな事はない。なくて元々、それでもここまでやって来た。続けていけば物事は変わるのは実は自分が一番知っているのではないか。

僕はスポーツが出来ない。

だからこその戦い方もある。

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